1月のテーマ(第3期)
作中に「定」という文字を入れる
募集期間
2023年1月1日〜31日
応募総数
555編
選考
ほしおさなえ
星々運営スタッフ
選評
ほしおさなえ
140字小説は、短くても小説です。小説にさまざまなジャンルがあるように、140字小説にもさまざまなジャンルの作品があり、月々の星々にも多種多様な作品が寄せられます。日常の感慨を綴ったもの、不思議なことが起こるもの、小噺風のちょっと笑える話、ミステリーやファンタジー、ホラー要素のあるもの。いろいろなお話のあるところが月々の星々の良いところなのですが、どんなタイプの話でも、どこかにジャンプがあると良いと思います。うまくジャンプすることより、自分らしくジャンプすることを目指してみてください。
一席の酒部朔さんの作品は、走ること、食べること、生きることをうたいあげます。言葉でなにかを描こうとすると、どうしても理にかたむいてしまうところがあります。言葉というのが本質的に、世界を理で切り分けるものだからです。しかし、それをかなぐり捨てたいと感じるときもあります。動物のように書けたら。作品からそういう願いのようなものを感じました。二席の富士川三希さんの作品。店員と常連客。お互いの素性はなにも知らないけれど、顔はよく知っている。気分のちょっとした変化や、成長も。何気ない日常を切り取ったあたたかい作品です。三席のリリィさんの作品。だれもが割り切れないものを心に抱えている。自分だけでなく、お隣さんもそれを持っていることに目を向けたところが素晴らしいです。踏み込まず、でも声をかける。そうしたあり方に魅力を感じました。
佳作。葉山みととさんの作品。線を引く、という行為の自由さ。始まりはあるけれど、自分が望めば線はどこまでも伸ばせる。伸びやかな心がまぶしいです。のび。さんの作品。無職のお化け。お化けの職業とはなんだろうと思いながら、くすっと笑ってしまいました。最後の一文に漂うペーソスも秀逸です。アスパラ山脈さんの作品。ソンブレロとはメキシコのつばの広い帽子のこと。たしかにそう見えなくもないですが、そんなことで店名を決めて良いのか。ちょっと心配になりながら楽しく読みました。ぽそさんの作品。両親にはさまれていた子ども時代。それから二〇年しか経っていないのに風と夕焼けになってしまった父と母。なにか不幸な出来事があったのでしょう。その部分には触れず、風と夕焼けだけを描くことで、語り手の気持ちが浮かび上がってくるようです。せらひかりさんの作品は長い月日を感じさせるファンタジー。最後に真実が明かされることで、世界がぐっと広がります。滴一滴さんの作品は、サキの「猿の手」を思わせるホラー風味の物語です。この先どうなるのか気になるところで終わらせるのも140字小説という短い形態ならではの書き方だな、と思います。ikue.mさんの作品。りんごを植える代わりにきゅうりを漬けるという発想に面白みを感じました。漬けられたきゅうりを食べられるのかわからないままに終わるところもいいですね。
入選
一席
酒部朔
獣のうたを作ろう。泥で固まった毛皮の、内側はふわふわの白毛の。遠吠えをして、連鎖した時の震えるほどの嬉しさ。定めなどないスピードで走ろう。雪に足跡をつけよう、途方もない量の足跡を。長い一本の線を刻みつけよう。肉を噛みしめて血を舐めとって、そうやって生きてきたんだ。そういううたを。
二席
富士川三希
毎週土曜の朝十時、決まって彼は父親と現れる。八番テーブルは定位置。いつものハンバーグ一八〇グラムではなく二四〇グラムを注文した日、バイト仲間と「食べ切れるのか!?」とバックルームで盛り上がったものだ。赤の他人の常連さん。君の成長を楽しみにしているのは、何も家族だけではないんだよ。
三席
リリィ
それは定期的にやってくる。「もしも」のかたまり、「いいな」のかたまり、漠然とした不安。それらがないまぜになったものだ。今回、私はお風呂の栓を抜き、流れていくお湯にそれを紛れ込ませた。お隣さんは芝生に水をやりながらそれを消している。私は見なかったふりをして、翌日、花の調子を尋ねる。
佳作
葉山みとと
直線には果てがないらしい。それなら始まりの点Pになって、定規で照準を合わせれば、教室の壁を貫いて国境もオゾン層も超えちゃって、その先までもどこまでも、跳んで飛んで行けるだろうか。遠く宇宙を思いスラっと線を引く時、私は少しだけ自由になる。
のび。
無職のお化けに会ったことがある。駅前の蕎麦屋でだ。「周りが定職につけと五月蝿いのです」とお化けが言うので自分も無職だから気持ちが分かると言うとお化けは酒を奢ってくれた。それから何度かその店へ行ったが、再びお化けに会うことはなかった。仕事に就いたのかもしれない。未だ私は無職である。
アスパラ山脈
「定って漢字ソンブレロかぶって走っている人に見えない?」
親友のロドリゲスが急に突拍子もないことを言う。大事な時だというのに何を言っているのか?でも言われてみるとだんだんとそう見えてくるから不思議だ。次第にこれがベストに見えてくる
僕らのメキシコ料理屋の名前が「定」に決まった。
ぽそ
フォームからの投稿
わたしのみぎにはおとうさん。ひだりがわにはおかあさん。ふたりのまんなか、ここがわたしのおきまりのばしょ。あれから二十年。八月の夕方、お墓からの帰り道。東の方から涼しい風、西の空には夕焼け。今日の父は風となり、今日の母は夕焼けとなり…。右に父、左に母。ここがずっと、私の定位置。
せらひかり
定命の者として、竜を弔う。竜は不死のように長く生き、我々の祖父母、曽祖父母、さらに昔の時代から我々の友だった。首を垂れて土に伏せ、眠ったままもう起きない。様々な過去の記憶情報はこうして消え、百年もすれば伝説となり埋もれる。竜さえ居なければ。この星を侵略した我々の過去は闇に消える。
滴一滴
祖父が死に、家を解体していると、小さな定礎箱から、ミイラのような手が出てくる。父がそれに向けて何かを呟くと、翌日、食卓に、私を産んだ直後に死んだはずの母が座っている。ついでに両親の愛も復活し、私は無視され始める。だから今、私は父の書斎で小汚い腕を握りしめ、父の愛を返して、と願う。
ikue.m
明日で世界が終わるらしい。私の座右は「明日世界が終わるとしても、私は今日りんごの木を植える」というルターの言葉だ。定められた運命は変えられない。しかし明日本当に世界が終わるかどうかは、明日にならなければわからない。私はりんごの代わりにぬか床にきゅうりを漬けた。明日の朝食のために。
第3期「月々の星々」入選作は雑誌「星々 vol.3」に掲載します。
サイトでは2023年5月31日までの期間限定公開となります。
下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。