12月のテーマ(第3期)
作中に「調」という文字を入れる
募集期間
2022年12月1日〜31日
応募総数
457編
選考
ほしおさなえ
星々運営スタッフ
選評
ほしおさなえ
毎月の結果が発表されたあと、Twitter上で入選された方の喜びの声を見かけます。惜しくも選に漏れてしまった方の投稿も。本来作品に優劣をつけることなどできないのですが、このコンテストで選んでいるのは、星々がこの作品を広く世に問いたい、と感じた作品です。どういう作品を良しとするのかは、ひとことでは言えません。でも、これまでの入選作や選評を読んでいただければ、星々がなにを大事にしているか少し伝わるのではないかと思います。
一席のモサクさんの作品は、読み取るのに少し考えることが必要な作品です。「みかんの輪切りが咲いている」と書かれていますが、これは本当に「咲いている」のではなく、だれかが枝に刺した輪切りが「咲いている(ように見える)」ということでしょう。続く「自分の食事もままならないのに」の「自分」とはだれを指しているのか。説明がないまま日常の描写が続き、最後まで読んで、輪切りを刺したのも、食事がままならないのも父親であることがわかります。鳥を眺める父親が「懐かしい顔をしている」という表現で、一気にこれまでのぼんやりした世界の焦点が合うのです。「懐かしい顔」ということは、父親は以前と変わってしまったということでしょうか。食事がままならないとはどういうことなのでしょうか。もっとわかりやすく説明することもできるでしょうが、この語り手の心の流れのままに書いたことでこの形になったのです。書かれていないことが行間に漂い、それも合わせて美しい風景を作り出しています。二席のうたがわきしみさんの作品は愛らしい風景が描かれています。駐雪場という設定やぽぷぽぷという擬音が効果的です。雪というものの持つ不思議なあたたかさを描き、小さな絵本のような世界を作り上げています。三席の酒匂晴比古さんの作品は、ありきたりに見える言葉が解けない謎に繋がる奇妙な物語です。車が夜空に消える風景には日常から飛び立つような解放感がありました。人生とは、小五くらいのときに感じた謎を抱えて歩んでいくもののような気がします。
佳作。神崎鈴菜さんの作品は思わずふふっとなる愉快な作品です。ポールで遊ぶ姿をごまかそうとする、というところまでは思いつきそうですが、「このあと自転軸を引っこ抜く」というところまで着地点を伸ばしたところが見事です。リリィさんの作品。なにも遺さずにこの世を去った母。後始末はしっかりしても、存在の名残のように調味料が残っている。心のどこかに、明日もまだこの世にいる、という思いがあったのでしょうか。よつ葉さんの作品。人と繋がることへの強い思いが結晶となったような美しい作品です。できることではなく、できないことのなかに人と繋がる手がかりがあるのかもしれません。藤和さんの作品は日常の何気ない一コマ。人間とは違う理屈で動く猫たちの姿が愛らしく、猫という生き物と暮らす日々の豊かさが伝わってきます。久保田毒虫さんの作品。軽やかでユーモラスな作品ですが、後半の叫びに切実さがこもっています。とくに最後の「邪魔するな」が光ります。みやふきんさんの作品は短いなかに物語がぎゅっと凝縮されています。語り手、彼、まわりの友だちの姿が目に浮かぶようです。旅人 。さんの作品はファンタジーの一場面を思わせる世界ですが、どこかなまなましくリアルな感触があり、人の夢に入り込んでしまったような気持ちになります。映像的な描写が素晴らしく、最後の鯨の巨大な目が強く印象に残りました。
入選
一席
モサク
葉を散らした庭木にみかんの輪切りが咲いている。「自分の食事もままならないのに」言葉を飲み込んで冷蔵庫の扉を開けた。ヨーグルトや作り置きの惣菜を仕舞い、残り物を確かめる。いつもと変わらぬ流れ作業。ふと美しい調べに耳をすませる。父がみかんを啄むメジロを見ていた。懐かしい顔をしている。
二席
うたがわきしみ
雪だるまが駐雪場に現れた。体は小さめでふわふわのマシュマロに近い。きっと新雪だろう。辺りを見渡しながら管理小屋へぽぷぽぷと跳ねてくる。「僕泊まれますか?」「ああ、ここは君達専用だからね」言って台帳を調べ右角のスペースを勧める。今年はまだ泊まり客が少ない。夜、二人でぼた雪を食べた。
三席
酒匂晴比古
わからないことがあったら、決してそのままにせず納得行くまで調べるのよ。そう教えてくれた担任の先生が失踪したのは、僕が小学五年生のとき。「カケオチ」の噂も流れた。でも、僕は見たんだ。先生の車が港の堤防を猛スピードで走り抜け、夜空へ消えるのを。先生、僕は30年間、謎を抱え続けています。
佳作
神崎鈴菜
講演会に登壇した私は焦っていた。南極観測隊の仕事を紹介するはずが、モニターには南極点に立つポールを回して遊んでいる映像。何とか誤魔化さなければ。「仕事の成果は遠い所で現れるもの。これは地球の自転軸。ピサの斜塔が倒れぬよう調整しています」ダメだ、苦しい。この後自転軸引っこ抜くもん。
リリィ
自分の最期が分かる人はどのくらいいるのだろうと思いながら実家に入った。ハンカチ一枚、母は残していなかった。生きることに未練はなかったのだろうかと空っぽの冷蔵庫を閉める。台所に視線を向け、立ち尽くす。様々な調味料が静かに出番を待っていた。「ごめん」換気扇を回し、うずくまって泣いた。
よつ葉
何でも知っていれば愛してもらえると思ったので、多くのことを調べ、学びました。でもそんなことでは愛されませんでした。悲しくなって、思わず涙がぽろりと零れたら、涙を拭うハンカチを貸してくれた人が、私の初めての友人になってくれました。
藤和
エアコンの温度を調整する。うちには猫が三匹いるけれど、寒がりな子と暑がりな子がいるから、なかなかに気をつかう。とりあえず、暑がりな子に合わせて気温を低め設定して、あとはホットカーペットで妥協してもらうか。ホットカーペットの電源を入れて仕事机に向かうと、猫たちが全員肩の上に乗った。
久保田毒虫
喫茶店に入る。ネットで調べた感じと少し違う。帰りにサービス券を貰う。「サービス券20枚で火星へご招待!」と書いてある。何が火星だ。俺は、いや、この世に生きとし生けるものみんな、地球で生きることで精一杯なのだ。みんな一生懸命なのだ。それぞれ何かかかえているのだ。邪魔するな。
みやふきん
調理実習の時、班の中で誰よりも手際がいいから、料理好きなの?と訊いたら、親父しかいないからと彼は苦笑いした。変えてしまった空気を取り戻したくて、懸命に話しかけたら、まわりに勘違いが生まれた。友だちが彼のことを調べて教えてくれる。知ることで生まれたこの感情は、勘違いの派生だろうか。
旅人 。
鯨の調べは天井の海から降ってくる。海にまで届く樹の天辺で少年は鈴の音を聞いた。逆さまの海にぶら下がる鈴の連なりは、荒波に揺られ、激しく鳴り響いている。彼は声を上げたが、響く唸りに掻き消された。樹上の村が震えるほどのそれは鯨の歌だった。硬直した少年は、海面から覗く巨大な目を見た。
第3期「月々の星々」入選作は雑誌「星々 vol.3」に掲載します。
サイトでは2023年5月31日までの期間限定公開となります。
下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。