140字小説コンテスト

季節の星々(春)

 

 

 

春の文字

 

作中に「明」という文字を入れる

 

募集期間

2023年4月1日〜30日

 

応募総数

636編

 

選考

ほしおさなえ

星々運営スタッフ

 


 

選評

 

ほしおさなえ

 

いよいよ「季節の星々」がスタートしました。

参加者も増え、これまで以上に力のこもった作品が集まり、とてもうれしく思っています。

Twitterが始まって以来、多くの人が140字の小説を書くようになりました。Twitter上にはさまざまな考え方で書かれた多様なジャンルの作品が日々流れていきますが、「季節の星々」では、長く手元に残しておきたい、と思えるような作品を取り上げたいと考えています。140字小説はたいへん短い形式ですが、それだけに少ない言葉から想像を膨らませることができます。小さな世界が読者の心の中で芽吹いて大きく成長する。「季節の星々」で求めるのはそんな作品です。

今回選ばれたのも、それだけの密度を持った作品ばかりです。140字と短く、すぐ読めるものですが、一読して「わかった」で終わるのではなく、ゆっくり味わっていただけたら、と思います。くりかえし読むと、そのときの気持ちによって見えてくるものが変わってくるかもしれません。

すでに「夏の星々」の応募もスタートしています。前回も書いたことですが、だれかの基準に沿おうと考えると、作品が小さくなってしまいます。思うままに書いてください。自分の書きたいことに近づくよう、言葉を研ぎ澄ましてください。言葉にならないと感じていたものを言葉にしようとしたとき、新しい表現が生まれるのではないかと思います。

 

一席の石森みさおさんは「言葉」の持つ力に敏感な書き手です。「言葉」は表面に見える意味だけでなく、見えない意味を内側にたくさん蓄えています。例えば「雨」という一語でも、文字ひとつだけを見たときにはさまざまなイメージが膨らみます。名前もまたたくさんのものを孕みます。言葉としての意味、文字の形、音の響き。繰り返し呼ばれることによって生まれる厚み。それが失われることによって、そこに含まれていた甘やかな記憶が空中を漂うのです。二席の右近金魚さんの作品も、形は違いますが「言葉」をめぐる物語でした。言葉はとても小さく圧縮された記憶媒体です。でもだからこそたくさんのものを孕み、人の心の中で大きく膨らみます。「詩」は言葉が完全に意味に解かれる前の混沌とした形。詩の妖精が黒いのは、さまざまな色が溶け合っているからなのかもしれません。三席のkikkoさんは、対象との距離の取り方に魅力があります。善悪の基準から離れることで、人の心は軽くなる。語り手は介護の話題で母親が激怒したことを「少し嬉しかった」と言い、母親の変化への複雑な思いが浮き上がります。

 

佳作。音さんの作品は、何が起こったのか説明するのではなく、ひしゃげた自転車。すりむいた膝小僧などの表現によって、読む人に起こった出来事を想像させる小説的な語りが素敵です。モサクさんの作品。遮光カーテンでこれから始まるであろう「今日」という世界を断ち切る。日常の細かな心の動きですが、発見を感じました。若林明良さんの作品。光の中で死を意識しながらも「悪くない」と感じる。闇よりも光が良いということではなく、知らなかった世界を知ったことでなにかが満たされたということなのかもしれません。緒川青さんの作品。それまであったものが失われる。そして人はそれを忘れる。そのことを深く意識した瞬間を捉えています。存在を刻むために写真を撮る行為によって、作品の到達点がさらにのびています。六井象さんの作品は、非現実的でありながら人の心の奥深くにしっかり結びついていて、リアルな手触りがあるところに惹かれました。と龍さんの作品には、隣人もまたひとりの人間であると気づく瞬間が描かれています。最後の桜にほっと気持ちが和みます。如月恵さんの作品。月光と影を描く文章が美しく、やや複雑な出来事をすっきり表現した描写も見事でした。

 

 

 四葩ナヲコ

 

星々発足当初から140字小説コンテストの担当をしている四葩です。今期からわたしも選評を書かせていただくことになりました。審査のときに考えたこと、特に気に入った作品やその理由などを書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
長く書き続けている方も、書き始めたばかりの方も、一緒に楽しんでいきましょう。

 

一席の石森みさおさん。現実とは違った世界を描いた作品も多いのですが、日常の中のささやかな心の動きを大切に膨らませて物語を作っている印象があります。今回の舞台は人々が名前を失くした世界。名前には名づけた人の願いが込められていますが、わたしたちはそれを常に意識して暮らしているわけではありません。名前というかたちを取り払うことで、願いそのものがその人を示すものとして現れてくるというしかけが面白く、誰もが願いとともに生きているということに気づかされました。
二席の右近金魚さんの作品は、
詩は小さな器に何て巨きなものを納めてしまうのだろう」というフレーズに心を打たれました。右近さんの作品はファンタジーの世界観を構築する美しい言葉選びがいつも素晴らしいのですが、言葉を扱うことに長けているのは、言葉の力に対する敬意と畏れを持っているからなのだろうと感じ、語り手に右近さん自身を重ねて読みました。妖精の住む書斎、羨ましいです。

三席のkikkoさんはブラックユーモアの妙手。黒魔術を始めた母親の変化を喜んでいるようにも読めるのですが、明るくなった母親の中には隣人を殺めるほどの闇が依然として存在し、語り手はその母が介護の話題で激怒したことを嬉しいと感じています。あちこちにねじれがある少し怖い話を、不思議に軽やかに描く独特の語り口が絶妙です。

 

佳作の中でわたしが特に推したのは、モサクさん、若林明良さん、緒川青さんの作品です。
モサクさんの作品の、「俺が今日に追いつくことはない」という諦めの中にもどこか気概のようなものを感じさせるひと言、若林さんの作品の、もぐらが明るさの中で死んでいこうとする情景、緒川さんの作品の、忘れられたくないがために写真を撮るという反転。いずれも寂しさや哀しさをはらんだ物語でしたが、それだけで終わらない強さを感じ、心惹かれました。

 


 

入選

 

一席 

 

石森みさお

@330_ishimori

 

ある朝みんなが自分の名前を失くしてしまって、だから代わりに名付けの由来を名乗るようになった。健康な男です。優しい人です。苺のように可愛い子と名乗った人は少し面映ゆそうだ。明るい方へゆきなさい、と願って付けられた私の名前は何処へ行ったのだろう。花の咲くような響きだった、私の名前は、

 

二席

 

右近金魚

@ukonkingyo

 

妖精が売られると聞き市場に走った。恋や光の妖精は即完売。黒っぽいのが一羽残っているだけだった。「私は詩の妖精です」

妖精の口の中には夜明けが満ちていた。星々の奏でる音楽も聴こえた。詩は小さな器に何て巨きなものを納めてしまうのだろう。心の鈴が震えた。妖精は今も私の書斎に棲んでいる。

 

三席

 

kikko

@38kikko6

 

黒魔術に手を染めた母は妙に明るくなった。疲れと肩こりが消え、前向きになり、一切怒らなくなり、体重は半減した。隣人の死体を庭に埋めつつ「人間って重いわ!私、軽くなったから介護する時楽でしょ。黒魔術に感謝」と笑うので、黒魔術士って介護されるんだ、と言ったら激怒された。少し嬉しかった。

 


 

佳作

 

@Z9hmdBIPGCSspEx

 

ひしゃげた自転車を引くのは重い。すりむいた膝小僧に風がしみる。泥だらけの手で涙を拭うと、見上げた群青の空で宵の明星がぴかりと光った。今夜はカレーだってさ。星の言葉に背中を押され、夕餉支度の明かりを目指す。一歩一歩。ぎーこぎーこ。夜に沈んだ街に漂うカレーの匂いを頼りに歩く。

 

モサク

@mosaku_kansui

 

夜勤明け。まばゆい日に背を向けて、開店直後のスーパーに立ち寄る。売れ残りの野菜と肉を買った。ゆっくりと食事をしてから風呂に入ろう。体の中でまだ終わっていない昨日を、洗い流すのだ。そのあとは、やる気に満ちた今日という日を、遮光カーテンで断ち切って眠る。俺が今日に追いつくことはない。

  

若林明良

サイトからの投稿

 

もぐらはじゃがいも畑の隅に転がされた。土の中も温かかったが、ここはもっと温かい。陽気が自分を包み、遠くで何やらぴいぴい鳴いている。小さな羽虫が鼻先をかすめた。この地上が明るさに満ちた世界であるのが盲の自分にもわかった。自分はこのまま死ぬのだろう。しかしそれも悪くないと彼は思った。

 

緒川青

サイトからの投稿

 

 ある日の朝、バス停から椅子が消えていた。田んぼの畔に、雑草に埋もれて置かれていた深緑色のパイプ椅子。椅子の持ち主の老婆を、最近見ないことを思いだした。上京して、明日からこのバスを待たなくなる、俺は老婆を忘れるだろう。何も無くなった畔の写真を撮る。俺は忘れられたくなかったのだ。

 

六井象

サイトからの投稿

 

テレビの天気予報。明日、私の町の地図の上に「骨」の字。母がつと立ち上がって、どこかに電話をかける。「夫のは、降りますか?」受話器から向こうの声。「お名前を教えてください」母は電話を切る。そして自分の椅子に座って、しくしく泣く。「骨」の日は、いつもこうだ。

 

と龍

サイトからの投稿

 

明暗が別れる瞬間とはこのことを言うのだろう。新学期の自己紹介で早速噛んでしまった。笑いに変わることもなく気まずさだけが残った。しょんぼりと座ると、次は隣の席の人が立った。堂々とした真っ直ぐな姿勢だった。でもその人も噛んだ。彼女は座るとこっちを見て小さく微笑んだ。窓から桜が見える。

 

如月恵

@kisaragi14kei

 

明るい満月が藍色の夜空に昇り、カーテンの間から差し込んだ月光は暗い壁を四角く照らし、白い窓が開いたみたい。両手で影絵を作ってみます、狐、犬、鳥。夜に目覚めたうちの猫が鳥を狙います。月光の窓に猫が飛びかかり、鳥は逃げてしまいました。以来、私の手には影がありません、誰にも内緒です。

 

第4期上半期「季節の星々」入選作は雑誌「星々vol.4」に掲載します。
サイトでは2023年12月31日までの期間限定公開となります。

下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。

これまでの月々の星々

 春 第3期 第2期 第1期