140字小説コンテスト
季節の星々(夏)
夏の文字
遠
作中に「遠」という文字を入れる
募集期間
2023年7月1日〜31日
応募総数
918編
選考
ほしおさなえ
星々運営スタッフ
選評
ほしおさなえ
いよいよ「季節の星々」がスタートしました。
参加者も増え、これまで以上に力のこもった作品が集まり、とてもうれしく思っています。
Twitterが始まって以来、多くの人が140字の小説を書くようになりました。Twitter上にはさまざまな考え方で書かれた多様なジャンルの作品が日々流れていきますが、「季節の星々」では、長く手元に残しておきたい、と思えるような作品を取り上げたいと考えています。140字小説はたいへん短い形式ですが、それだけに少ない言葉から想像を膨らませることができます。小さな世界が読者の心の中で芽吹いて大きく成長する。「季節の星々」で求めるのはそんな作品です。
今回選ばれたのも、それだけの密度を持った作品ばかりです。140字と短く、すぐ読めるものですが、一読して「わかった」で終わるのではなく、ゆっくり味わっていただけたら、と思います。くりかえし読むと、そのときの気持ちによって見えてくるものが変わってくるかもしれません。
すでに「夏の星々」の応募もスタートしています。前回も書いたことですが、だれかの基準に沿おうと考えると、作品が小さくなってしまいます。思うままに書いてください。自分の書きたいことに近づくよう、言葉を研ぎ澄ましてください。言葉にならないと感じていたものを言葉にしようとしたとき、新しい表現が生まれるのではないかと思います。
一席の石森みさおさんは「言葉」の持つ力に敏感な書き手です。「言葉」は表面に見える意味だけでなく、見えない意味を内側にたくさん蓄えています。例えば「雨」という一語でも、文字ひとつだけを見たときにはさまざまなイメージが膨らみます。名前もまたたくさんのものを孕みます。言葉としての意味、文字の形、音の響き。繰り返し呼ばれることによって生まれる厚み。それが失われることによって、そこに含まれていた甘やかな記憶が空中を漂うのです。二席の右近金魚さんの作品も、形は違いますが「言葉」をめぐる物語でした。言葉はとても小さく圧縮された記憶媒体です。でもだからこそたくさんのものを孕み、人の心の中で大きく膨らみます。「詩」は言葉が完全に意味に解かれる前の混沌とした形。詩の妖精が黒いのは、さまざまな色が溶け合っているからなのかもしれません。三席のkikkoさんは、対象との距離の取り方に魅力があります。善悪の基準から離れることで、人の心は軽くなる。語り手は介護の話題で母親が激怒したことを「少し嬉しかった」と言い、母親の変化への複雑な思いが浮き上がります。
佳作。音さんの作品は、何が起こったのか説明するのではなく、ひしゃげた自転車。すりむいた膝小僧などの表現によって、読む人に起こった出来事を想像させる小説的な語りが素敵です。モサクさんの作品。遮光カーテンでこれから始まるであろう「今日」という世界を断ち切る。日常の細かな心の動きですが、発見を感じました。若林明良さんの作品。光の中で死を意識しながらも「悪くない」と感じる。闇よりも光が良いということではなく、知らなかった世界を知ったことでなにかが満たされたということなのかもしれません。緒川青さんの作品。それまであったものが失われる。そして人はそれを忘れる。そのことを深く意識した瞬間を捉えています。存在を刻むために写真を撮る行為によって、作品の到達点がさらにのびています。六井象さんの作品は、非現実的でありながら人の心の奥深くにしっかり結びついていて、リアルな手触りがあるところに惹かれました。と龍さんの作品には、隣人もまたひとりの人間であると気づく瞬間が描かれています。最後の桜にほっと気持ちが和みます。如月恵さんの作品。月光と影を描く文章が美しく、やや複雑な出来事をすっきり表現した描写も見事でした。
四葩ナヲコ
星々発足当初から140字小説コンテストの担当をしている四葩です。今期からわたしも選評を書かせていただくことになりました。審査のときに考えたこと、特に気に入った作品やその理由などを書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
長く書き続けている方も、書き始めたばかりの方も、一緒に楽しんでいきましょう。
一席の石森みさおさん。現実とは違った世界を描いた作品も多いのですが、日常の中のささやかな心の動きを大切に膨らませて物語を作っている印象があります。今回の舞台は人々が名前を失くした世界。名前には名づけた人の願いが込められていますが、わたしたちはそれを常に意識して暮らしているわけではありません。名前というかたちを取り払うことで、願いそのものがその人を示すものとして現れてくるというしかけが面白く、誰もが願いとともに生きているということに気づかされました。
二席の右近金魚さんの作品は、「詩は小さな器に何て巨きなものを納めてしまうのだろう」というフレーズに心を打たれました。右近さんの作品はファンタジーの世界観を構築する美しい言葉選びがいつも素晴らしいのですが、言葉を扱うことに長けているのは、言葉の力に対する敬意と畏れを持っているからなのだろうと感じ、語り手に右近さん自身を重ねて読みました。妖精の住む書斎、羨ましいです。
三席のkikkoさんはブラックユーモアの妙手。黒魔術を始めた母親の変化を喜んでいるようにも読めるのですが、明るくなった母親の中には隣人を殺めるほどの闇が依然として存在し、語り手はその母が介護の話題で激怒したことを嬉しいと感じています。あちこちにねじれがある少し怖い話を、不思議に軽やかに描く独特の語り口が絶妙です。
佳作の中でわたしが特に推したのは、モサクさん、若林明良さん、緒川青さんの作品です。
モサクさんの作品の、「俺が今日に追いつくことはない」という諦めの中にもどこか気概のようなものを感じさせるひと言、若林さんの作品の、もぐらが明るさの中で死んでいこうとする情景、緒川さんの作品の、忘れられたくないがために写真を撮るという反転。いずれも寂しさや哀しさをはらんだ物語でしたが、それだけで終わらない強さを感じ、心惹かれました。
入選
一席
あやこあにぃ
ドン。花火の鈍い音が、遠慮がちに家の中に流れ込んでくる。私はこの一年で骨が浮いたシロの横腹を撫でる。名前を呼ぶと辛うじてしっぽを振る体を腕に抱けば、ドン、と次の花火が上がる。去年は一緒に見たそれを、今年は瞼の裏に浮かべる。永遠に続くと思っていた当たり前の名残を、精一杯抱きしめる。
二席
明日香
疎遠になっていた友人と久しぶりに会うと、彼は電車になっていた。「ずっと夢だったんだ」ブレーキ音で話す友人を、僕は祝福した。そうか、友人が線路に身を投げたというのは悪い夢だったんだ。彼の体に揺られながら終点を目指す。窓ガラスに滴る雨を見ながら、彼が寒くなければいいと願った。
三席
酒部朔
祖母の家の電話番号をまだ覚えている。もう家はない。レースのついた黒電話が鳴るのを想像する。遠くの土地で突如鳴り出す電話のベル。暖かな食卓にかかったら、ごめんなさいを言って切ったらいい。もう忘れよう。もしも誰も出なかったら。真っ暗な部屋で鳴り続けたら。もしもその後誰かが出たら。
佳作
ヤマサンブラック
最終レースで交通費まで使い果たした俺は、自転車を盗んだ。ビニール傘を壊し、その金具を使えば鍵は開く。自宅までは三時間。汗が目に沁み、顎から滴り落ちる。俺は自転車を停め、Tシャツを捲りあげ顔の汗を拭った。まだ明るい空に、白い月が浮かんでいる。俺は再び漕ぎ出した。月ほど、遠くはない。
世原久子
夏日の終わりの草いきれ、蚊取り線香の煙、夕飯を作る匂い。日が暮れた後の町はいろんな気配が潜んでいて、早く帰ろうとしていたくせに遠回りをしてしまう。濃密なのに透き通る夜の始まりの紺は、遠くに浮かぶ一番星がよく映える。この町に溶け込んでいるかふと気になって足元を見遣り、次に空を仰ぐ。
しろくま
サイトからの投稿
遠い昔、この土地には水神様がいた。水神様のおかげで田畑はうるおい、村人たちは毎日おいしい食物と水を得ることができた。そんな水神様はもういない。十年前に神を辞めて、普通の人間となってしまったのだ。今は、我が家の水道水をおいしくしてくれる便利で優しい私の旦那である。いつもありがとう。
高遠みかみ
サイトからの投稿
遠花火って季語あんねんけどさ。俳句の。秋の。先輩が俳句書いててん。で先輩なんて意味っすかって。遠くに見える花火のことやで、ってそのままなこと言われて、なんかしゃれてますねって言ってん。俺は近くで見たいけどなぁって返されて。なんかふられた気分なって泣いたって話。そんだけ。
yomogi
帰宅すると遠野の河童が胡瓜を齧りながら水風呂に入っていた。「やあやあお疲れさん」と労う姿は上司にそっくりで、俺は苦笑しながらもエビアンで再会の乾杯をした。毎年夏になると、冷蔵庫に丁度入るだけの魚を持って河童はやって来る。幼い頃、乾いたお皿に水を掛けてやった恩を忘れない律儀な奴だ。
チアントレン
文字を読むことを辞めようと思った。漢字でもアルファベットでもない国に越して、すれ違う誰かの顔色すらぼやかして、無限遠の大自然だけを眺めた。
文字のない日々は得た。それだけだった。
気付けば山の季節を読み、草木の盛衰を読み、海の機嫌を読み。僕の脳はとっくに、読み続ける形に歪んでいた。
祥寺真帆
毎晩、望遠鏡をのぞいている。ゆっくり二回瞬きをし明日を見る。子供の頃はいいことがあるか、社会人の頃は嫌なことがないか、家庭を持ってからは大切な人が元気かどうかが気がかりだった。今はというと、明日も自分がそこにいるかを確認している。急なことは苦手なのでちゃんと準備をしたいのだ。
第4期下半期「季節の星々」入選作は雑誌「星々vol.5」に掲載します。
サイトでは2024年6月30日までの期間限定公開となります。
下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。