140字小説コンテスト

季節の星々(冬)

 

 

 冬の文字

 

作中に「広」という文字を入れる

 

募集期間

2024年1月1日〜31日

 

応募総数

644編

 

選考

ほしおさなえ

星々運営スタッフ

 


 選評

 

ほしおさなえ

 

冬の文字は「広」。風景の作品が多くなるかと思っていましたが、上位に選ばれた作品には、なぜか身体と結びついた、小さな世界を描いたものが集まりました。しかし、人体も拡大してみれば宇宙のようですし、人の心も、自分にすべて読み取ることができないほど広いもののように思えます。小ささのなかに潜む未知の広さ。そこに魅力があったのかもしれません。佳作にはさまざまな作品が集まっていますが、単純な「広さ」を描いたものはあまりありませんでした。不思議です。さびしくうつくしいおはなし、くすっと笑ってしまうおはなし、じんわり心に沁みるおはなし、そっと過去につながるおはなし……。さまざまな「広」を味わっていただけたらさいわいです。

 

一席の森林みどりさんの作品。夏のあいだずっと「おくるみ」を編んでいる。「編む」という行為は「永遠」に通じるイメージがあります。織物であれば、経糸(たていと)が尽きるところまで織れば完成です。しかし編み物は糸を継ぎ足すかぎり、限りなく編んでいくことができます。実話とも読めますが、異世界につながっていくような雰囲気を漂わせる作品です。子どもを孕み、生む。哺乳類である我々の身にはあたりまえに起こる出来事で、人はそれなしに子孫を残すことができません。しかし、出産する本人ですらその意味をじゅうぶんに理解しているとはいえません。孕んでいるとき、人は別の世界を身体に宿すのです。それを包むために編み続けるおくるみ。人の心が理解できないものを包むためには、相応の広さが必要なのでしょう。二席の南鏡花さんの作品も、身体のなかに潜む不思議な広さを描いています。歯と歯のあいだに月や星がはさまっている。その発想がとてもユニークです。「よく磨いてね」と言っても、フロスで取った満月に見惚れ、話を聞いているか怪しい女の子。事態を解釈するのでも、問題を解決するのでもなく、少しズレたところに着地するのも魅力的でした。三席の祥寺真帆さんの作品も、身体から生える翼の話。「言葉より先に手が伸びるほど守りたいもの」。それがなんなのかは明かされず、本人も忘れてしまっている。しかしそれができたときに翼が生え、その約束を思い出すのです。翼とは、心が身体を乗り越えていくためのものでしょうか。

 

佳作。野田莉帆さんの作品。天国に写真を一枚だけ持っていける。固有の記憶を失っても、祈ることはできる。祈りというものの本質に迫るうつくしい作品です。青塚薫さんの作品。大きすぎるパン屑を持て余す鳩。「ついばまずにはいられない」という言葉に、思わず笑ってしまいました。河音直歩さんの作品。祖父のお葬式に向かうタクシー。父の背広は「お義父さんが結婚祝いに作ってくれた」とありますが、これはおそらく語り手の祖父、亡くなった本人のことでしょう。大事にしまってあったそれを、贈り主の葬式ではじめて着る。まるでそのために準備してもらったかのように。人の一生を感じさせます。鈴木林さんの作品。過去がそのまま残っている場所の上に張った氷。自分たちの体温で氷が溶け、過去の色が透けてくる。思いが滲んでくるような表現が素晴らしいです。笹慎さんの作品。日常的な風景から、心が自然に過去に遡っていく。年齢を重ねていくと、ときおりこうして心だけ時間を跳躍することがあります。その瞬間が端的に描き出されています。石森みさおさんの作品。前向き、外向きが良しとされる風潮がありますが、「負の感情」とされるものにも意味があるのかもしれません。石森さんの作品には良い・悪いを決めつけないあたらしい見方が秘められています。海街るり子さんの作品。広瀬くんに関する克明な描写。「花を手向けてくれた」ということは……と読み手の想像を誘い、ラストの一文に背筋が凍る。と同時に、その切ない思いに胸が締めつけられます。見事な展開にうなりました。

 

 四葩ナヲコ(星々運営)

 

前回の選評に、「140字小説は文字数に入らなかったことは切り捨てるしかないところが面白い」と書きました。そのときに述べたのは、限られた文字数で提示されたものの外側を想像する楽しみについてだったのですが、さらに言うと「わからないものをわからないままにしておける」というのも、140字小説の面白さだと思っています。文字数に余裕があれば、もっと書きこめてしまいそうなところ、書き手は全てを説明しきらない謎の部分を残した物語を提示し、読み手はその謎の裏側を想像することも、あるいは謎のまま楽しむこともできる。物語を紡ぐということは書き手と読み手の共同作業であるのだということを強く実感します。

 

一席、森林みどりさんの作品。おなかの中の子どものために編み物をする情景ですが、語り手は出産を心待ちにしているというわけではないようで、「実感できない」「見知らぬ誰か」という言葉が並びます。自分の体の中で別の命が育っていくというのは、ほかではありえない、実に不思議な体験です。この不思議さに「いとおしい」や「不気味」といったラベルを貼らず、淡々と描いていることに面白みを感じます。語り手は見知らぬ誰かへの態度を決めかねているようでもあり、それでもそんな誰かのために編み物をするという行為にさらなる不思議を感じました。

 

二席、南鏡花さんの作品。歯に天体が挟まるってどういうことなんだろう? 紙に描いたようなぺらぺらの天体? それが見惚れるように美しい?……と首を傾げながら読みましたが、そういうものなのだとなぜか納得してしまう説得力があります。わからないことに答えをくれない、わからないけど面白い。そんな140字小説ならではの魅力に溢れた作品でした。

 

三席、祥寺真帆さんの作品。語り手に翼をもたらした「そのとき」「守りたいもの」が具体的になんなのか言及されることはないのですが、そのことによって、語り手のごく個人的な切実さが普遍化され、読み手と共有される効果があると感じます。語り手の決意とわたし自身が抱えているものがリンクする感覚になりながら読みました。自分が飛び立つための翼ではなく何かを守るための翼としたところも素敵です。

 

佳作では、野田莉帆さんのもう誰なのかわからない少女への想い、鈴木林さんの氷漬けのリビング、海街るり子さんのラストの鮮やかな展開が心に残りました。いずれの物語にも全てを説明しつくしたわけではない謎が残っていて、それゆえにいっそう心を惹きつける力があるように感じました。

 


 

入選

 

一席 

 

森林みどり

サイトからの投稿

 

その夏はずっとおくるみを編んでいた。白と浅葱色の毛糸で花柄の五角形をいくつも作り、繋いだ。鉤針は糸をすくい、次の糸を絡ませて黙々と広がって行った。お腹は丸く膨らんでいたけれど、私はそれが産まれるのだとうまく実感できなかった。私は見知らぬ誰かをくるむためのおくるみを夏中編み続けた。

 

二席

 

南鏡花

@kyouka_minami

 

歯と歯の間は、広大な宇宙そのものだ。歯に何かが挟まったと言う患者の内、半分近くの歯間には月や星が挟まっている。昨日来た女の子の奥歯には満月が挟まっていた。フロスで取った満月を見せると、表情が明るくなった。今後はよく磨いてねと言ったが、満月に見惚れていて、話を聞いていたかは怪しい。

 

三席

 

祥寺真帆

@lily_aoi

 

そのときになったら必ず誰でも翼が生えますと教わった。「そのとき」がいつなのかわからないし、広げた翼は自分にしか見えないらしかった。大人になり忘れていた。言葉より先に手が伸びるほど守りたいものができた。ひるみそうな鏡の中の自分に強くうなずき、気づいた。血の滲む勇気の先に翼があった。

 


 

佳作

 

野田莉帆

@nodariho

 

天国へは写真を一枚だけ持っていける。記憶は薄れてしまうから、写真に映っている小さな女の子が誰なのかはもうわからない。それでも、天国へ来てからの習慣は染みついている。写真の縁を撫でて、いつも願う。花が綻ぶように笑う女の子が、幸せに暮らしていますように。広く澄みきった空の上で、想う。

 

青塚 薫

@ShunTodoroki

 

ばら撒かれたパン屑を喜んでついばみにいくと、大き過ぎてついばみ切れない時がある。そんな時はひどくがっかりする。なぜもう少し細かく千切ってくれないのかと腹が立つ。でもこの広い鳩の世界、何も君だけじゃない。他の鳩にとっても日常茶飯事さ。それでも僕らは、ついばまずにはいられないんだ。

  

河音直歩

サイトからの投稿

 

タクシーで祖父の葬式へ向かう。後部座席は父と姉と並んでぎゅうぎゅう、快晴の日射しが強い。父は見たことのない背広姿で「お義父さんが結婚祝いに作ってくれた。大事にしまっていて、今日、初めて着た」と苦しそうに笑う。埃ひとつ付くたび父は、姉も私も、手を伸ばして払う。何度も何度も払う。

 

鈴木林

@bellwoodFiU

 

立入禁止区域の雪を渡り、私たちは家へと戻った。割れた窓から侵入する。すっかり氷漬けになったリビングで、喧嘩の時につけた壁の傷や、あの日食べようとしたご飯がそのまま固まっている。持って来た布を広げて私たちは座った。体温でほんのわずか溶けた床の表面が澄んで、カーペットの赤色を見せる。

 

笹慎

@s_makoto_panda

 

コタツにむいた蜜柑の皮を広げる。薄皮はそのままで食べるのが好きだ。

天板に顎を乗せた犬が私の口へと運ばれていく蜜柑を懸命に見つめている。そっぽを向いて蜜柑をあげようとしない私にため息をつくと、父は彼に一粒の果肉を与えた。

今はもうどちらもいないコタツで残された母と私は蜜柑を食べる。

 

石森みさお

@330_ishimori

 

友人がオナモミの実になってしまった。感受性の葉を広げすぎて心が傷だらけになったから、しばらく殻にこもることにしたのだそうだ。実から伸びる棘はしがみつく爪にも見えて、そんなになってもまだ人を求めるのかと胸が痛む。水をやれば芽吹くのかも知れないが、彼女の自由か、と思いそっとしている。

 

海街るり子

サイトからの投稿

 

広瀬くんは背が高い。広瀬くんは足が速くて、数学が得意で、国語が少し苦手。冬生まれで、みずがめ座で、B型の男の子。おばあちゃんと暮らしていて、学校まで自転車で通っている。真面目だけれど、授業中たまに頭が揺れている。広瀬くんは優しい。私に花を手向けてくれた。広瀬くんは、私のものだ。

 

第4期下半期「季節の星々」受賞作は、予選通過作とあわせて雑誌「星々vol.5」に掲載します。
サイトでは2024年6月30日までの期間限定公開となります。

下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。

これまでの季節の星々

冬  2023年度(上半期) 第3期 第2期 第1期


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