140字小説コンテスト
季節の星々(秋)
秋の文字
後
作中に「後」という文字を入れる
募集期間
2025年10月1日〜31日
応募総数
1092編
選考
ほしおさなえ
季節の星々選考委員会
入選
五十嵐彪太
(のび。選)
残響を止めないことにした。指揮者はタクトを下ろせない。観客は拍手の機を逸し、楽団員は身動ぎできない。全員が固唾を飲んで音が引くのを待っている。諦めた指揮者が腕を下げ、それを合図に始まった拍手も反響を繰り返し、客席が揺れる。舞台に亀裂が入る。人間は逃げていった。音楽堂に後悔はない。
河音直歩
(四葩ナヲコ選)
あの飲み会ぜったい参加ですかね、と後輩がふたりきりの残業中に呟く。よくやってるとも頼りないとも言われる彼の机は、金曜日までに空の缶コーヒーでいっぱいになる。無理しなくていいよ。無理ってわけじゃないんですけど、あの。疲れに濡らされ、床に落ちる声だ。私は静かにその言葉の続きを待つ。
クナリ
(石森みさお選)
授業中、私の後ろの席の佐藤くんに肩をつつかれて振り向くと、佐藤くんが巨大な人食い怪獣に変わっていた。仕方なく私も怪獣になって応戦し、戦いは七日七晩続いた。私の初恋は、私の勝利と人類の生存、そして佐藤くんの壮絶な爆裂四散で終わった。たまらない。泣きそうだ。恋なんてするものじゃない。
ロカ
(へいた選)
「後でノコノコ、よりを戻しに来たらどうする?」庭で秋刀魚を焼きながら聞く。「蹴り出そう」大笑いした。私の同居人は、かつての恋敵だ。「でも、この子がパパを欲しがったら別かな」彼女の団扇はゆるくベビーカーをあおいでいる。ふうん。尖った魚の脂が落ちて、七輪に小さな炎が上った。
佳作
右近金魚
朝霧の中、守り木は根元から倒れ既に息絶えていた。昨夜の災いから私達の村を守ったのだ。本当に貴方は立派な木でした。黙祷し、川に横たえた幹の裂け目を花で埋めていく。竜の鱗のようだ。最後の一輪を置くと守り木は岸を離れ、流れていった。後に遺された波紋をすくう。生きよ、生きよと光っている。
形霧燈
祖父は死ぬ前に、言葉を貯金してきた、と告げた。箪笥の通帳には『だいじょうぶ』が並んでいた。私は利子をちょっとずつ使い、ときどきたくさん取り崩して生きてきた。眠れない夜は、通帳に残る言葉を数えた。今日、最後の『だいじょうぶ』を使う。言葉を胸に押し当てると、弾む鼓動で、乱暴に揺れた。
木畑十愛
月越瑠璃
野田莉帆
天国行きのエレベーターに長い行列ができている。やっと最後尾に辿りつくと、看板に「約三年待ち」と書かれていた。本当の悪人はなかなかいない。大半の人が天国の入場券をもらって並ぶのだろうけど、さすがに三年は待てない。待てる人だけが無事に天国へ行けるのかもと思いつつ、外階段を登り始める。
羊の耳
石森みさお
「後」という文字の持つ力なのか、失ったものを振り返るお話が多かったように思います。立ち止まり、偲び、思い出す。前向きよりは後ろ向き、未来よりも過去。前回の「浜」ほど定まったイメージはないだろうと思っていましたが、たくさんの応募作を読んでいるとなんとなく文字の持つ方向性が感じられたりもして、そんな発見がまた面白くもあります。
個人賞に選んだクナリさんの作品。後ろの席の佐藤くんが巨大な人食い怪獣に変わってしまうという場面から始まり、主人公の応戦、壮絶な決着、そしてほろ苦いエピローグ……とジェットコースターのような勢いで最後までぐいぐいと走り抜けていきます。細かい説明を省略したまま突拍子もない設定が成立する、140字小説ならではの懐の広さが良く活かされていると思いました。スピード感のある展開と、テンポのいい文章がよく合っています。そして何より「たまらない。泣きそうだ。恋なんてするものじゃない。」という緩急の効いた結末が好きです。戦いが終わり、日常に戻り、でも後ろの席の佐藤くんだけがもういない。人類は生存を勝ち取ったけれど、私の小さな初恋は砕け散った。「爆裂四散」という強烈なワードから力任せに終わらせてしまったのではこの余韻はありません。コミカルなオチになりそうなところから、切ない恋物語としてひねりを加えて着地する。しかもそれを作品全体の勢いを落とすことなく書ききったところに、体操競技の華麗な技が決まったような爽快感を感じました。
入選作・佳作から。
月越瑠璃さんの作品。擦り切れた映像という視覚の条件提示が効果的です。鮮明ではないからこそじっと覗きこんでいるうちに幻想に囚われてしまう、そんな不思議な世界観を巧みに組み上げています。シンと静まりかえった暗い森、高く響く音、生きものの息づかい。そういったイメージが文章からするすると伸びてきて、読んでいるといつの間にか作品の中に引き込まれてしまいます。砕石、火守、鹿、といった言葉の選び方も美しくて隙がありません。春の星々佳作の詩集のお話もそうでしたが、月越さんの硬質で繊細な言葉選びには惚れ惚れします。
河音直歩さんの作品。「疲れに濡らされ、床に落ちる声」という表現がとても良いです。それがどんな声なのか、読み手がそれぞれに聞きとる響きがあると思います。倦み疲れた日常の光景の、小さなひび割れのような感情を丁寧にすくいあげる言葉。単語のひとつひとつは特別なものではないのに、組み合わせることで心に届く描写になるのは、表したい心情をはっきりイメージできているからだと思いました。
二次選考通過作から。
磯崎愛さんの作品。「回復」ではなく「恢復」という字を使った感性が光っていました。熟語の意味としては両方とも同じだそうですが、「恢」という字には「ひろい、おおきい」という意味もあるのですね。心が広がり、癒えていく過程を表すのにぴったりでした。
宴乃夜さんの作品。観覧車が後ろ向きに回り、過去の思い出が上映される。観覧車の形は、映画のフィルムのイメージでしょうか。日が落ちるのも、映像が消えた後の物寂しさを連想します。イメージの重ね方が素敵です。
花明さんの作品。空白のなかに存在を見出す、あたたかな情景が心に沁みました。「ただそれだけで十分なこと」と言いきる結末の中に、たしかに愛されていたんだという強い実感がこもっていると思いました。
ソヴソゴさんの作品。「兄は二年かけて宵闇のように静かになった」という冒頭が印象的。こういう、少し心に引っかかるような表現は、立ち止まってイメージを掘り下げたくなります。
140字という限られた字数の中で、どんな言葉にどれだけの数を割くか。自分の中に広がる景色を、感情を、読み手に伝えられる表現は何か。たとえば心優しい人を表すとして、それは「やさしい」のか「優しい」のか「月明かりのよう」なのか。140字小説を書くときはいつも、じっと目を凝らして耳を澄ましてふさわしい言葉を探しています。簡単な言葉だからと言って安直だとは限らないし、普段は使わないような難しい言葉でも分かりづらいとは限らない。少ない字数だからこそ言葉の磨き甲斐があるな、140字小説の難しくて面白いところだな、と私は思います。今回の入賞作も磨き抜かれたものばかりでした。次回も楽しみにしています。
のび。
hoshiboshiの140字小説コンテストは、普段何気なく触れている文字とそれを用いた言葉の可能性を広げる機会でもある。さらに今回は自分が選んだ課題文字でもあり、よりそのことを楽しみにして選評を行った。
個人賞には五十嵐彪太さんの作品を推薦した。
不思議な話だ。不思議だけど、しっかりと書き込まれた不思議な話で、変な説得力と奇妙な現実感がある。自分はそういう話がとても好きだ。そういう話に憧れる。
まず全編音楽堂の視点で描かれている、というのが面白くて、それが面白さだけでなく先に挙げた変な説得力と奇妙な現実感にも繋がっている。巧みに特殊な設定とリアリティを維持している。人間の視点で見るとめちゃくちゃな(いや、ホントにめちゃくちゃな)出来事なのだけど、それを音楽堂本人、本堂の視点で淡々と描くことで、まったく違った出来事になってくるのが不思議だ。自分はこの淡々とした口調から覚悟のようなものを感じて、読み終わった最後には何だか厳かな気持ちになった。
この作品は何だこれは!!と驚いたり、何だこれは!と笑ったり、何だこれは…と厳かな気持ちになったり、と読者から色々な感情を引き出してくれる。そして、それは小説を読むことの楽しみである。とても魅力的で、面白かったです。
そして最後に、この作品は後悔は“する”もの、と思い込んでいた自分の頭を気持ち良く割ってくれました。ありがとうございます。反省しつつ、私もがんばります。
佳作について
ここではないどこか、が描かれた、あるいは感じられる作品が好きだ。もっと言うなら、ここではないどこか、でありながら今自分が生きている世界に繋がっているような作品が好きだ。そんなワガママ(?)を叶えてくれたのが野田莉帆さんの作品。
エレベーター、看板、入場券、外階段という作品の中に細かく配置されたアイテムが、ここではないどこか、である天国をグッと現実に近づけている。そういった舞台設定も好きだし、何よりその天国にいる人たちや主人公の行動から、今を生きる私たちに通じる人間らしさを感じられた。
例えば「約三年」も待つのにちゃんと整列している人々の姿がそうだ。そしてそれを見ながら「本当の悪人はなかなかいない」と思っている主人公の姿もクール、というより呑気な感じがして面白い。そう思いながらも主人公は「三年は待てない」と外階段を登っていく。「待てる人だけが無事に天国へ行けるかも」と思いながら。この矛盾しているような行動も人間って感じがして良い。人を描いた寓話のようでありながら、お説教ではなく、読み物としてちゃんと面白い。人間味のあるファンタジーとして魅力ある作品だった。
天国って様々な描かれ方をしている身近な異界という感じですが、それを題材にしながらオリジナリティがあってスゴイな、カッコいいなと思いました。
今期のコンテストも残すところあと一回となりました。私自身も毎回「審査する側として審査されている」という気持ちで望んでいます。審査員になって改めて、140字小説というフィールドには力強いライバルたちがたくさんいるのだ、ということを実感します。勝ち負けが全てではありません。ありませんが、自分の好きなこと・面白いこと・どうしても言いたいことを磨いて、尖らせて、勝っていきましょう。がんばっていきましょう。応援しています。自分も頑張ります。
へいた
小説を読む魅力には様々なものがある。そのひとつに新しい世界の見方を知ることができる、ということがあると思う。新しい世界というと未知の国であるとかファンタジーなどの幻想世界を思い浮かべるかもしれないが、わたし自身は日常の中の新しい世界を見る物語に魅力を感じる。立場の違い、文化の違い、そういうものとも少し違う。本当のところ、わたしたちは、少なくともわたし自身は、世界の姿を本当には見たことはなく、それに気づかせてくれる物語を必要としている、という意味だ。
「愛とはこんなもの」から「自分の好きなもの」まで、自分の知っていることの全て、正確には自分が知っていると思い込んでいるものの全ては皆自分自身の想像の産物だ。しかもかなりの部分は他人からの伝聞で補完されたものであったりする。夕暮れを見て「綺麗」とつぶやく時、どこかで「夕暮れは綺麗なもの」という誰かのイメージを拝借している自分を感じる。それはきっと正しい、だってみんなそう言っているから。みんながそう言うアレに自分はきっと今はまっている。そういう気持ち。でも本当にそうだろうか。畑の草を焼いた残り香への偏執的な愛好、争いの多い家に帰るゆううつさ、眠気に囚われる浮遊感。自分が思っている夕暮れって、実際はそういうものであるかもしれない。誰とも共有できないかもしれないが、でも自分が誰かの言っていたことに仮託せずに語る言いようのない何か。無意識に思い込んだ世界を改めて見直す言葉や物語、そうしたものにわたしは惹かれる。
個人賞としてロカさんの作品を選んだ。恋愛に関するあれこれはそれを題材にした歌や物語が多いせいか、なんとなくこんなもの、というイメージが流布している分野のひとつであると思う。語り手である主人公(おそらく女性)はかつての恋敵と同居している。同居人は「恋敵」になった原因である男性とはもはや別れたようだ。もし男性が「よりを戻しに来たら」追い返す話をふたりで大笑いできる点からも見て取れる。この時点まではふたりは同士である。別れた男、自分を振った男、事情は異なるが共通の敵を持つ戦友のような面持ちがある。しかし同居人には男との子供がいる。かつての恋の勝者は同居人である。主人公の「ふうん」の相槌は一種の痛みを伴っている。この後、七輪の火の乱れが描写されるが、主人公の「ふうん」は多分このようなものだ。嫉妬するほど昔の恋に未練はないだろうし、同居人のことも嫌いではないだろう。でも、感じてしまう不快感。言いようのない感情を巧みな展開とともに物語っていると感じた。
佳作の木畑十愛さんの作品にも言いようのないような気持ちが登場する。海難事故に遭って後頭部に貝が刺さったまま生活している姉を妹の私は羨ましく思い、寝ている間に貝を取ろうとして流血させてしまう。姉は病院に行き、帰ってきて妹に貝から流れる潮騒の音を聴かせてくれる。物語では妹が「羨ましい」と思っているのは「姉」であると言っている。「貝」が羨ましいのではない。うっかり取ろうとすると流血するような貝が、手に入れるのに海難事故に遭わなければいけないような貝が羨ましいだろうか。羨ましいとは思わない、というような文章を書いてしまったが、この不思議な「羨ましい」という気持ちを読み手である自分はよく知っていると思う。わたし自身は姉のいる「妹」であるのだが、実のところ姉が持っていて自分の持っていないもの全てが小さい頃はほのかに羨ましかった。姉の持っているもの、姉の通った道、それら全てをいずれは自分も所有して然るべきだと思っていたのだ。姉と同じ年齢に自分はいずれなる。姉は常に自分の未来の予想図だった。姉の立場からしたらこういったずれはきっと不公平だとか可哀想だとかいう気持ちでしかないはずだ。姉は妹の年齢にもうなることはない。似た生き物ではあるが、自分の未来でもなければ過去でもない。それは諦めのようなものだろう。だから自分を流血させた妹にも怒らず潮騒を聴かせてやれる。姉妹の不可解さを、わたし自身も考えさせられた作品だった。
同じく佳作の右近金魚さんの作品は村を守った守り木の話。前の二作品とは異なり、三人称で守り木の物語が展開される。幹の裂け目に埋めた花を「竜の鱗のよう」とする描写が花びらの鮮やかさを伴って、静かな儀式が眼前にあるかのように思わせた。140字の制限の中で守り木が村を守り、息絶え、守られた村人たちによって送られるという長い物語を語るのは困難さを伴うが、この作品は最後の場面にシーンを絞ったことで巧みに語りきっている。三人称ではあるものの、波紋の光を「生きよ、生きよ」と感じているのは木本人ではなく村人たちの主観だろう。木が「息絶えていた」と感じたのも「村を守った」と思ったのも生き残った村人たちである。物語の冒頭で既に木が生き絶えていたせいもあるが、木の主観に寄り添った語りがそれまでに存在しないからだ。自らを語ることのない木が自分たちを「守った」と考え、美しく飾り、「生きよ」というメッセージを読み取る。三人称である分、読み手である私たちにはこうした行動をとる村人たちを俯瞰できる。わたしたちが何も分からない世界を感じる姿をこの作品を通して見たような気がした。
四葩ナヲコ
140字小説はとても短い形式ですが、俳句や短歌のようにひと息で読んでしまえるというわけではなく、読み始めから読み終わりまでにはまとまった長さがあります。ひとつの印象やひとつの感情だけを切り取るのではなく、小説としての「展開」をつくることが可能です。時間の幅を持った物語や起承転結を盛りこむこともできますし、精緻な描写のために言葉を尽くしたり、狙いを持って冗長さに費やしたりできる余地もあります。そのうえで大事になってくるのは、「何を書くか」とともに「何を書かないか」であることをいつも感じます。何を説明し、何を省くのか。どの部分を読者の想像にゆだね、代わりにどの部分をぴたりと書き定めるのか。今回の入選作はどれもそういった取捨選択と、140文字の中にストーリーを成立させる構成が巧みに練られていると感じました。
個人賞に選んだのは、河音直歩さんの作品。
場面を示すための言葉選びがとても上手いと感じました。ふたりきりの残業、机に並ぶ缶コーヒーといった要素から背景を読者に的確に提示し、作中で進行するのは先輩と後輩の短い会話のみにして、焦点をぎゅっと絞っています。描かれているのは、人と人の心がほんの少し触れあう、とても繊細な一瞬です。ポジティブな感情を共有することで関係がぐっと近づくこともあるけれど、こんなふうに疲れややるせなさを媒介としてかすかに通じ合うこともある。誰にでも覚えがあるようなひとときが、それをとりまく空気ごとリアルに再現されています。
「よくやってるとも頼りないとも言われる」後輩を、先輩である語り手がどのように評価しているのかが書かれていないことも好ましく、語り手自身もおそらく疲れているはずの状況で、後輩という存在に出来不出来のラベルを貼らずに、ただ言葉の続きを待っている先輩の優しさを感じました。
そのほかの入選作について。
五十嵐彪太さんの作品は「残響を止めないことにした」という最初の一文の主語が誰なのか明かされないままに物語が進み、最後の一文でやっと謎が解ける、作品を貫く仕掛けが見事でした。
クナリさんの作品は140字の中にこれでもかと詰めこまれた荒唐無稽な展開と、「恋なんてするものじゃない」というまさかの着地点に驚かされました。
ロカさんの作品はサンマ、七輪の炎といった小道具を効かせることで、人物ふたりの関係性やその揺らぎまでをも象徴的に描き出す表現力に舌を巻きました。
佳作では、右近金魚さん、形霧燈さん、羊の耳さんの作品に心惹かれました。
右近金魚さんの作品は、村を守った木を弔い見送るしめやかなひととき。わたしは後半の「後に遺された波紋をすくう」という一文に衝撃を受けました。守り木が岸を離れるときに水面に生じた波紋は、やがて消えてしまうもの。波紋を波紋のままとどめておくこと、まして手の中にすくい上げることは実際にはできません。しかし、語り手はその波紋に「生きよ」というメッセージを見出しています。守り木は役目を終え、その存在をなくしてしまうけれど、かたちのないものを確かに遺していき、語り手にはそれを受けとる意志がある。それが「波紋をすくう」という行為に表れていることが美しく、尊いと感じました。
形霧燈さんの作品は、「言葉を貯金する」というアイデアが光ります。孫への遺産として「だいじょうぶ」という言葉を選ぶような祖父がいることそのものが、語り手の人生の支えとなったでしょう。最後の「だいじょうぶ」を使うのはおそらく語り手にとって重大な局面であるはずです。「弾む鼓動で、乱暴に揺れた」という部分には不安とともに力強さがあり、祖父の言葉に守られていた世界を卒業していく語り手を応援したい気持ちになりました。
羊の耳さんの作品は、亡き犬の思い出と丹念に育てる田圃のイメージが重なり膨らむ情景が鮮やかです。犬が語り手の傍らにいたことと、稲が黄金色に色づくこととは時間的に重ならないはずなのに、読み手にはそれらすべてがともにある光景が想起される不思議な感覚があります。これは小説にしかできないことだと思いました。それらが揃ってる場面を映像やイラストにしてしまうとあからさまで嘘になってしまいますが、小説であればそれができる。よい発見をさせていただきました。
この三作はいずれも、「誰か(何か)を失い、後に残された者」の視点から描かれている作品です。課題文字の「後」が主題に直接関わる使われ方をしていないものもあるのですが、何か共通して呼び起こされる感情があるのかもしれません。文字をテーマにしたコンテストの面白さを改めて実感しました。
2025年度下半期「季節の星々」受賞作は、二次選考通過作とあわせて雑誌「星々vol.9」に掲載します。
サイトでは2026年6月30日までの期間限定公開となります。
下記のnoteで応募された一次選考通過の全作品を読むことができます。
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