星々の本棚シリーズ1

羽牛の這う丘から

四葩ナヲコ


魔法の存在しない〈あちら側〉の世界から、羽牛の曳くそりに乗って〈こちら側〉にやってきた青年に恋をしたネル。彼女が産んだ男の子は〈こちら側〉で育つ他の子どもとは少し違っていた……。

魔法の世界を舞台に子育てを巡る葛藤を描いた「羽牛の這う丘から」のほか、どこにでもいる普通の人々が日々感じるあれこれを卓越した観察眼と洞察力で捉え、精緻に綴る短編全6編。

不幸ではないけれど、なんとなくうまくいかない。そんなありふれた悩みが世界にたったひとつのその人だけのものとして描き出され、葛藤の果て、ささやかな奇跡のように「ほんの少しだけいいこと」がやってくる。

人生はおとぎ話じゃない。それでも生きていかなければならない人々に贈る、ほろ苦くもあたたかい物語。


作者からのメッセージ

にっちもさっちもいかない人たちに、ほんのちょっぴりいいことがあるお話を書いています。

「ほんのちょっぴりいいことがある」というのはもともと意識していたことではなくて、「ああ人生は本当にうまくいかない、人と人はわかりあえない。この絶望感を記してやろう」といきごんでも、なぜか希望に似たものを紛れこませずにいられないのです。

 

子どもの頃、大人はみんな「ちゃんとしてる」のだと思っていました。自分も歳を重ねたら、当たり前に、ちゃんとした大人になれるのだと。「ちゃんとしてる」というのは、正しくて、自分を律せるということ。

大人になるよりもう少し手前で、大人もみんな正しく生きているわけではないことに気づいて、そのことは十代のわたしをずいぶんがっかりさせたけれど、さらに自分自身が大人になってみたら、そりゃあもうずるくてなまけもののままだったのには驚きました。こんなはずじゃなかったのに。

もうひとつ、思っていたのと違ったのは、自分だけではなく、世界のあり方もそうで。夢は叶うとか、想いは通じるとか、幼い頃に刷りこまれたスローガンは全くもって本当ではありませんでした。

努力は全て報われるわけじゃなかったし、誰かに真剣に向き合ってもいつも同じだけの熱量を返してもらえるわけじゃない。数々の苦い経験を経て、わたしはそのことを知るようになりました。先に言っておいてくれたら、心の準備だってできたんですけどね。

立場ができても、親になっても、思い描いていたような人格者にはまるで成長せず、世界にはそっぽを向かれたままで、今日もわたしは地団駄を踏んだり、言い訳をしたり、あたふたと後始末をしたりして暮らしています。そしてそんな毎日を、なぜだか愛おしいとも思うのです。

 

小説を書くようになって。

胸のすく痛快な英雄譚や、何もかもが収まるべきところに収まる奇跡のような展開にもおおいに憧れるけれど、結局わたしはいつも、わたしと同じようなちっぽけな人間が自分の目の前のことにじたばた右往左往する話ばかり書いています。すっきり解決することも、最悪の結末を迎えさせることもできず、かわりにほんのちょっぴりの救いや前進の予感だけを着地点にして。

日々は連続していて、めでたしめでたしでは終われないけれど、どこかに少しだけいいことがある。作品集は、そんな物語に共感してくださる誰かに、届けばいいなと思っています。

四葩ナヲコ

星々vol.2 〈四葩ナヲコ個人作品集刊行記念小特集〉より


目次

くものおとぎ話

箱舟のオルタナティブ

出会ってないだけ

花嫁のえくぼに寄せて

羽牛の這う丘から

マリさんのスープ 


2022年11月発行 B6版 134ページ

定価1,320円

装画 三上唯

装丁 mikamikami



販売

〈取扱書店〉

埼玉県 つまずく本屋 ホォル

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