140字小説コンテスト

季節の星々(夏)

 

 

 

夏の文字

 

作中に「遠」という文字を入れる

 

募集期間

2023年7月1日〜31日

 

応募総数

919編

 

選考

ほしおさなえ

星々運営スタッフ

 


 

選評

 

ほしおさなえ

 

今回も数多くの作品が集まりました。星々では、140字小説は短くてもひとつの小説だと考えています。テーマもジャンルも問いませんが、星々の観点で作品を選んでいます。小説の面白みを考えると、ひねりは必要です。しかし、ひねって着地を決めただけでは多くの作品のなかから選ばれるのはむずかしいでしょう。テーマや題材の種類というより、星々ではそのひねりが作者自身の手で掴み取ったものであるかを重視しています。

「夏の星々」のテーマは「遠」。「遠く」があることを知っていたから、「近い」「遠い」という言葉が生まれたのでしょう。空間的な遠さ、時間的な遠さ。そこには人間の想像力が宿っているように思います。

 

一席のあやこあにぃさんの作品は、まず「ドン」という花火の音に惹かれました。打ち上げ花火というものはそれだけで「遠さ」を感じます。その花火の音が「遠慮がちに」部屋に入っている。しかし音は本来遠慮するようなものではありませんから、語り手の心がそう感じたということでしょう。そこに過去という時間的な遠さが重なり、最後に空間でも時間でもない、存在自体の遠さが重ね合わせられる。いくつもの遠さが重ねられ、深みを持った素晴らしい作品でした。二席の明日香さんの作品には「友人が電車になった」という奇想が描かれています。しかしそれは奇想にとどまりません。「ずっと夢だったんだ」とブレーキ音で語る友人の姿はリアルで、真実を宿しています。最後の願いに込められたどうしようもない思い。ひりひりとした感覚を描き出す筆致に感嘆しました。酒部朔さんの作品。遠く、もうどこにもない場所にある電話。細い電話線の先にあるありえない世界を夢想する語り手。茫漠とした空間に声が吸い込まれていくようで、語り手の寂しさがやわらかく浮かびあがります。

 

ヤマサンブラックさんの作品。有り金を失い、自転車を盗む。荒んだ男の上に白い月。それでも生きようとする男の姿に、人間のむき出しのありようを見る思いでした。世原久子さんの作品は帰り道に見る町の情景を繊細に映し取っています。ふと隙間に紛れ込んでいくような時間に、人は自分の本当の姿を見つめるのかもしれません。しろくまさんの作品。伝承からはじまったのに、なぜか途中で神をやめてしまう水神。そしていきなり訪れる衝撃の結末。展開の速さに思わず笑みがこぼれました。高遠みかみさんの作品は、口語調の語りが魅力です。なんでもない一瞬に見出される機微。なにげない日常を描きながら、ふくらみのある世界になっています。yomogiさんの作品。河童との交流を描いた、不思議な味わいがある作品です。やり取りの間が絶妙で、読んでいるとほっと和みます。チアントレンさんの作品。文字から逃れようと大自然に身を置くが、やはりそこに意味を読み取ろうとしてしまう。そんな人間の性が描き出されています。祥寺真帆さんの作品。望遠鏡を見つめる視線に、自分自身の変化を見出します。生きていくなかで、年齢により状況により、見たいと願うものは変わっていく。人生が見事に切り出された作品でした。

 

 

 四葩ナヲコ(星々運営)

 

「夏の星々」のテーマ文字は「遠」。「遠」をさまざまに使った作品が寄せられましたが、せつない印象の作品がいつにも増して多かったように感じています。

わたしたち星々は、活動の芯にある想いを表すとき、「遠い誰かに届けたい」というフレーズをよく使います。コロナ禍に発足したという経緯もあり、わたしはこの「遠い誰か」を「今は会うことのできない誰か」、または「まだ出会っていない誰か」と捉えていたのですが、さらに、「もう二度と会えない誰か」も「遠い誰か」なのだなぁと、皆さんの作品を読んで改めて気づきました。

 

一席、あやこあにぃさんの作品は「永遠に続くと思っていた当たり前の名残」という言葉が胸に刺さりました。当たり前だと思っていたことがいつか当たり前ではなくなってしまうという気づきに加え、当たり前でなくなっても変わらずに残るものがあるということを教えられたように思います。華やかさとはかなさを持った花火というモチーフ選びも秀逸でした。

二席、明日香さんの作品は「彼は電車になっていた」というなんともユーモラスな出だしから「線路に身を投げた」の落差が衝撃的でした。共に終点を目指しても、電車の中にいる僕と雨に打たれる彼はどうしようもなく隔たっています。「彼が寒くなければいい」という願いに手の届かない距離を感じました。

三席、酒部朔さんの作品には、思い出との交信を願ってしまう葛藤が描かれています。「レースのついた黒電話」という単語から推測するに、祖母の家が失われたのはもうずいぶん前のことのようです。そこにどんな思い出があったのかは語られませんが、叶わないことはわかっていても、懐かしい場所が今もどこかにあったらとつい考えてしまう語り手に、おおいに共感しました。

 

佳作では、ヤマサンブラックさん、しろくまさん、祥寺真帆さんの作品が印象に残りました。ヤマサンブラックさんの描くはみだし者の生きざま、しろくまさんの作品の愛する人と生きることを選んだ神様、祥寺さんの明日を見る望遠鏡。どれも題材に面白さがあり、また、それを小説に落としこむ際の表現が、題材にふさわしく作り上げられていると感じました。

コンテストの応募総数が増え、予選を通過して入選や佳作にいたる道が険しくなってきています。アイデアの素晴らしさもさることながら、細部まで丁寧に練られた作品に魅力を感じています。

 


 

入選

 

一席 

 

あやこあにぃ

@ayako_annie

 

ドン。花火の鈍い音が、遠慮がちに家の中に流れ込んでくる。私はこの一年で骨が浮いたシロの横腹を撫でる。名前を呼ぶと辛うじてしっぽを振る体を腕に抱けば、ドン、と次の花火が上がる。去年は一緒に見たそれを、今年は瞼の裏に浮かべる。永遠に続くと思っていた当たり前の名残を、精一杯抱きしめる。

 

二席

 

明日香

@asukahuka

 

疎遠になっていた友人と久しぶりに会うと、彼は電車になっていた。「ずっと夢だったんだ」ブレーキ音で話す友人を、僕は祝福した。そうか、友人が線路に身を投げたというのは悪い夢だったんだ。彼の体に揺られながら終点を目指す。窓ガラスに滴る雨を見ながら、彼が寒くなければいいと願った。

 

三席

 

酒部朔

@saku_sakabe

 

祖母の家の電話番号をまだ覚えている。もう家はない。レースのついた黒電話が鳴るのを想像する。遠くの土地で突如鳴り出す電話のベル。暖かな食卓にかかったら、ごめんなさいを言って切ったらいい。もう忘れよう。もしも誰も出なかったら。真っ暗な部屋で鳴り続けたら。もしもその後誰かが出たら。

 


 

佳作

 

ヤマサンブラック

@zantetsusen

 

最終レースで交通費まで使い果たした俺は、自転車を盗んだ。ビニール傘を壊し、その金具を使えば鍵は開く。自宅までは三時間。汗が目に沁み、顎から滴り落ちる。俺は自転車を停め、Tシャツを捲りあげ顔の汗を拭った。まだ明るい空に、白い月が浮かんでいる。俺は再び漕ぎ出した。月ほど、遠くはない。

 

世原久子

@novel140tumugi

 

夏日の終わりの草いきれ、蚊取り線香の煙、夕飯を作る匂い。日が暮れた後の町はいろんな気配が潜んでいて、早く帰ろうとしていたくせに遠回りをしてしまう。濃密なのに透き通る夜の始まりの紺は、遠くに浮かぶ一番星がよく映える。この町に溶け込んでいるかふと気になって足元を見遣り、次に空を仰ぐ。

  

しろくま

サイトからの投稿

 

遠い昔、この土地には水神様がいた。水神様のおかげで田畑はうるおい、村人たちは毎日おいしい食物と水を得ることができた。そんな水神様はもういない。十年前に神を辞めて、普通の人間となってしまったのだ。今は、我が家の水道水をおいしくしてくれる便利で優しい私の旦那である。いつもありがとう。

 

高遠みかみ

サイトからの投稿

 

遠花火って季語あんねんけどさ。俳句の。秋の。先輩が俳句書いててん。で先輩なんて意味っすかって。遠くに見える花火のことやで、ってそのままなこと言われて、なんかしゃれてますねって言ってん。俺は近くで見たいけどなぁって返されて。なんかふられた気分なって泣いたって話。そんだけ。

 

yomogi

@yomogi585354524

 

帰宅すると遠野の河童が胡瓜を齧りながら水風呂に入っていた。「やあやあお疲れさん」と労う姿は上司にそっくりで、俺は苦笑しながらもエビアンで再会の乾杯をした。毎年夏になると、冷蔵庫に丁度入るだけの魚を持って河童はやって来る。幼い頃、乾いたお皿に水を掛けてやった恩を忘れない律儀な奴だ。

 

チアントレン

@chianthrene

 

文字を読むことを辞めようと思った。漢字でもアルファベットでもない国に越して、すれ違う誰かの顔色すらぼやかして、無限遠の大自然だけを眺めた。

文字のない日々は得た。それだけだった。

気付けば山の季節を読み、草木の盛衰を読み、海の機嫌を読み。僕の脳はとっくに、読み続ける形に歪んでいた。

 

祥寺真帆

@lily_aoi

 

毎晩、望遠鏡をのぞいている。ゆっくり二回瞬きをし明日を見る。子供の頃はいいことがあるか、社会人の頃は嫌なことがないか、家庭を持ってからは大切な人が元気かどうかが気がかりだった。今はというと、明日も自分がそこにいるかを確認している。急なことは苦手なのでちゃんと準備をしたいのだ。

 

第4期上半期「季節の星々」入選作は雑誌「星々vol.4」に掲載します。
サイトでは2023年12月31日までの期間限定公開となります。

下記のnoteで応募された全作品を読むことができます。

これまでの月々の星々

夏  第3期 第2期 第1期