140字小説コンテスト
季節の星々(春)
春の文字
布
作中に「布」という文字を入れる
募集期間
2026年4月1日〜30日
応募総数
1098編
選考
ほしおさなえ
季節の星々選考委員会
入選
亜麻布みゆ
機織り機に音符が紛れ込んだ。どうやら五線譜と間違えてしまったらしい。居心地が良さそうだったのでそのまま織り続けていたら、他の音符もやってきた。機織りのリズムに合わせて音符たちが歌ってくれる。そうしてできた歌う布は、赤ちゃんのおくるみになった。包まれると、よく寝てくれると評判だ。
長尾たぐい
祖父が漁を辞めた。船は業者に売られ、網は捨てられ、大漁旗が残った。わたしは渡されたその帆布を丁寧に洗い、裁ち、縫って大きな鞄を二つ作った。空の鞄の奥に向かって自分と一字違いの船の名を呼ぶ。もう片方から波音がした。覗き込むと船がいて姉さん、とわたしを呼ぶ。わたしは嬉しくて手を振る。
赤い尻
春先に畑を深く鋤くと、ときおり土人形が転がり出る。親指大の狐や馬、犬、猫のほか、布袋像が多くを占める。かつてミロク山の土で人形を焼き、豊作を祈願して畑に埋めたと聞く。いまや大半が削られた山に似て、小さな布袋さまも半身が欠けている。汚れを落とし豆巾着に入れて持つと賭け事に強くなる。
三尾一加
祖母は山を「大きな身体」と呼んだ。寒くなると布をかぶり、暖かくなると一枚ずつ脱いでいく。春は薄桃色の木綿、夏は深い緑のガーゼ、秋は錦糸の織物、冬は白く分厚い毛布。祖母の眠る村を見守りながら、山は同じ順番で装いを変える。吹き下ろす風が布の端をめくるとき、ほかの季節がちらりとのぞく。
佳作
ひなた葵
古書店で買った詩集に、薄い布の栞が挟まっていた。月光に透かすと、「春になったら海が見たい」と縫い取りがある。差出人の知らない約束を、私は明日ひとりで果たしに行く。その人が見たかった春の海の色を覚えて帰り、濡れた栞を詩集の最後の頁に戻す。ひとつだけ潮の跡を残して。
槇佑
交番に届けた財布には運転免許証しか残されていなかったが、春色のシャツを着た青年は深々と頭を下げた。車で北海道から九州まで、三五〇〇キロの日本縦断をしている途中だという。「本当に助かりました。お礼に一割を」私を乗せた彼の車は、西へ西へと三五〇キロを走った。桜前線がそこまで来ていた。
町屋 キヒロ
マカロニの分布図を作る事になった。指示通り、地図にマカロニの本数と形状を書き込んでいく。足元をみるとねじれた一本がすり寄ってきていた。監督に呼ばれ、地図を提出する。ポケットの中のそれが蠢き、私は手で強く押さえた。監督は地図を見たまま、ポケットを指差した。
暮宮右京
暁はすっかり拗ねていた。春の夜は短い。人々は眠りこけて、夜明けに思いを馳せたりしない。せっかくの美しい空がもったいない。だから、暁は東の空に星の子らを集めた。風の布団を掴んで森を揺らした。淡い光がきらきら振り注ぐ。やさしく起こされた獣たちは、寂しがりやの暁に「おはよう」と囁いた。
中田希助
生贄になる前日、同じく生贄の高田さんがラーメン屋に吸い込まれていった。引き止めたが、「一緒に食べましょうよ」と言われ、すぐ着丼。「私達のおかげでどうにかなるんですかね。」高田さんはテーブルの隅の布巾を見つめながら私に話す。上手く言葉が返せなくて、ばく、と焼豚にかぶりついた。永津わか
頭の上から足の先まで、布を被ると透明になれる。単純な手品だ。布の中で私という枠線は失われる。おばけという曖昧な一員になる。おばけは誰にも見えない。誰も気にしない。吸って、吐いて、空気になって。単純な仕掛けだ。曖昧は粒子。粒子が私を作る。さらさら集まって、形を成して、私は布を出る。
選評
祥寺真帆
この度選考委員を務めさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
今回選考を終え感じたことは、入選された作品はいずれも強さがあるということです。強さの正体は何なのか。言葉の切れ、伝えたい思い、作品の完成度、オリジナリティ。他にもまだまだあると思います。みなさんの作品に触れることで、また自分自身書くことで解釈していけたらいいなと思っています。
入選作品から。
長尾さんの作品。まさに「強い」と感じた作品でした。物語の色が濃く、生き生きとしています。
まず二つのコントラストによって物語に広がりが生まれています。喪失と再生、小さいものと大きいもの。祖父が漁を辞めて船と網がなくなったことにより、大漁旗が新たに鞄になった。鞄の奥という閉鎖的な場所と、波音を持つ開放的な海。コントラストの間を行ったり来たり、繰り返し読みたくなります。
細部への工夫も脱帽でした。船は「自分と一文字違い」の名前です。わたしは親しみを覚えずにはいられないだろうと想像できます。またその愛おしい船は「姉さん」とわたしを呼びます。お姉ちゃんでも、姉貴でもなく「姉さん」。わたしへの思いとともに、ずっと海を仕事場にしてきた船らしさを感じます。
ラストの「わたしは嬉しくて手を振る」の場面。まさに読んでいて全力で手を振りたくなりました。
赤い尻さんの作品。ラストが魅力的でした。作品中のそれまでの雰囲気とは変わってぐっと人間っぽいの欲が出てくるのです。豊作になりますようにと土人形を畑に埋めるのは、その土地の人たちが集まってみんなで願っているようなイメージが浮かびます。一方、半身のかけた布袋さまの汚れを落とし「よし、これで賭け事に強くなるぞ」というのは、一人で背を丸くして豆巾着に入れているイメージが浮かびます。
大半が削られた山と、半身が欠けてしまった小さな布袋さま。かつてその地を守り人々の願いを叶えたもの。全体のトーンがコントロールされた描写の中、人間の勝手さのようなものが浮き彫りになる形で描かれており見事でした。
亜麻布さんの作品。世界観のあたたかさが魅力的な作品です。機織り機のリズムにのる歌声はどのような和音で、どのような歌声なのでしょうか。春のひだまりの中、一糸一糸、機織り機で布が織られていくイメージが浮かびます。織っている人が誰かはわかりませんが愛のある人なんだと感じることができます。このおくるみで眠る赤ちゃんはみんな微笑んで眠っているのではないかと、そんな気持ちになります。
佳作から。
槇さんの作品。読んでいて気持ちだけでなく視界も広がるような作品です。
財布を拾ったことがきっかけで、見知らぬ人の車に乗り、西へ三五〇キロドライブする。現実世界ではなかなか起こらないことだと思います。仮に「お礼に一割の距離を」と言われたとして、安全面で、また日々の仕事や家のことを置いて、助手席に乗れるでしょうか。だからこそ、この作品がもつ伸びやかさや自由さに魅かれました。
二人は車内、どのような話をするのでしょうか。高速ではスピードを上げ、前方の視界がひらける。もう少し走ったら桜が見えるのでしょうか。三五〇キロというのは東京からだと名古屋あたりまでだそうです。ずいぶん遠くまで行けます。桜前線を追いかけてドライブしたいと思わせてくれる作品でした。
暮宮さんの作品。冒頭の「拗ねていた」とラストの「寂しがりや」とがリンクするところ、暁の性格がわかるところが魅力的です。また最後で視点が暁から獣たちに変わり、物語のピントが広くなるところも素敵です。夜明けの空の美しさ、空と森の世界のつながりなど丁寧に描かれた作品だと感じました。
のび。
こんにちは。のびです。
今期も選考委員として末席に連なることとなりました。よろしくお願いいたします。初回ということもあり、また「布」という物理的な意味も抽象的な意味も持つ文字だったからか、幅広いジャンルの作品が寄せられました。その中でテーマ文字の意味を掴み、自分の物語として組み込んだ作品が選考されたように感じました。
入選について
赤い尻さんの作品を推した。
淡々とした文体でありながら「物語」としてのサプライズとワンダーがある作品。とても面白かった。自分はこういった作品がとても好きだし、憧れる。その様な私情を抜きにしても、こういった落ち着いたトーンの文体(自分は郷土資料や博物館のキャプションを思い出した)で、かつ140字という限られた文字数の中で面白い物語をつくることは簡単なことではなく、技巧的だ。現実と空想の境目が曖昧なところも好きで、しかし曖昧なままでなく最後の「汚れを落とし豆巾着に入れて持つと賭け事に強くなる。」の一文で、ポーンっと遠くに飛ぶような面白さがある。物語ることの楽しさが詰まった作品。
佳作について
永津わかさんの作品。
不思議さと不穏さ、暗いところとキラキラするものが同居する物語だと感じた。句読点を使った文章のリズム感が読んでいて心地よい。リズム感、と書いたけれど自分自身の力不足でこのリズム感を説明することは難しい。中盤から後半にかけての、少しずつブレーキをかけるように、単語や文章を区切っていく部分がそれで、やり過ぎると読みにくくなってしまう(自分はそれをよくそれをやり過ぎる)のだが、永津さんの作品にはそれがない。独自のテンポとバランス感覚を持っているのだと思う。文体も美しい。
町屋キヒロさんの作品。
不可解な物語。ともかく不可解な物語で、自分はこういう作品が大好きです。少ないながらあくまで自分が見てきた印象になるが、応募作品の中ではかなり珍しいタイプの作品だと思う。そして当然ただ珍しい、というだけではなく、物語としても面白い。不可解なんだけど妙な説得力と妙な納得感がある。だからこそ自分は最後に「ポケットを指差した。」ことにショックを受けた。不可解を不可解のままで終わらせない、文体も含めて優れた構成力で、こういった世界観を構築できることがシンプルに羨ましい。?
審査をさせていただく立場ではありますが、プレイヤーとしてやる気と刺激と学びと焦りを感じる作品ばかりでした。引き続き、がんばっていきましょう。自分もがんばります。
へいた
物語の、とりわけ空想的な要素の高い作品における説得力を支えるものはなんだろうな、ということを考える。こめかみに指をあてることで精神力は増すか、丑三つ時に異界への扉は開くか、箒にまたがれば空を飛ぶことはできるのか。
いくつかの説得材料は馴染みの空想物語の手法を引き継いでおり、物語が短ければ短いほどその傾向は増す。なぜそのようなことが可能なのかを読者に説得している時間がないからだ。
季節の星々に応募いただいた作品群は文字通り群れとしての傾向のようなものがあり、その群れは回を追うごとにゆっくりと形を変えている。最近の応募作品においては、文章の比喩や語彙、文としての美しさを持つ作品がぐっと増えたように感じる。おそらくは選考委員にも加わっていただいているような、年間グランプリ受賞者の方々の受賞作に代表される入賞作、入選作が一種のお手本として応募作品や、応募者の動機に影響を与えているのだと推測される。端的に言うと、文章表現が巧みな作品が増えた、ということで、選考をする側からすると、その中でプラスアルファの要素を持つ作品を探すことになる。今回の入賞作はいずれも空想的要素の強い作品である。ファンタジー寄りの作品が多い、というのは元々本コンテストの応募作品群が持つ特徴であると思う。空想作品は一見自由なようだが、多くの作品を一度に見ると不思議となにかが似通っているように感じられる。おそらくは前述した空想の説得力を支えるものが読者、ひいては書き手の想定する文化的同一集団における共通認識であり、その共通認識の一部分だけが、すでに一定程度フィクションに使われやすくなってしまっているからであろう。入賞作四篇はそうした中で他とは一線を画すオリジナリティがあったと考える。それは奇想ではなく(奇想には奇想の良さがあると思うがここではおいておいて)、新しさを持ちながら読み手に一定の納得感を与えられる、一種の発見のようなものであると思う。そうした空想物語だけが持つ現実世界への発見を、読み手として、そして一端の書き手として、面白く、興味深く思っています。
亜麻布みゆさんの作品は機織り機と音符に関する物語。機織りにおける並べられた糸と五線譜の類似性は視覚的に不思議な納得感がある。機織りの作業時の左右に杼を転がす作業、足踏みで糸を上下させる作業は音楽的なものとつながりやすく、機織りを行う人物も多くは女性をイメージしやすいことから、赤ちゃんへのイメージの伝播に違和感がない。題材として民俗学的になったり、昔話的になったりしがちなところを文章のリズムと合わせて楽し気にまとめているところに作者の個性を感じた。
長尾たぐいさんの作品は大漁旗の鞄の話。わたし個人としては応募作の中で空想物語としての独自性が最も高かったように思う。孫(主人公)の名前の一部を新しい船の名に使う、というのが漁師の祖父の船と孫に対する愛情を忍ばせる。祖父の思いや、昔のこと、少なからずあったであろう漁への未練は語られず、前へ前へと進む物語に海に生きる人たちの猛々しさが香る。
赤い尻さんの作品は畑から出土する人形の話で、入選作の中で最も説話的なものである。わたしは学生の頃、所属ゼミのために日本の説話を集めては読むことに日々を費やしていた。その時から思っているこうした物語の持つ特性は、物語内における唐突さと無責任さである。実際の説話においてはなにかの由来が最初にあり、そこにその話を伝え聞いた次の話者の事情が重なり、いつの間にか大事だったはずのものが削れたりまた付け加えられたりしてそうなったのだろうと思われるが、その唐突さ故に、なぜだか「そうなんだ」という不思議な説得力が付随したりする。本作品で一番リアリティを持つのは最後の「賭け事に強くなる」の部分だと思う。前半部分のまことしやかな言説とほとんど一致しない効用が、不思議と本当らしさを強める。自分たちが説得されるものってなんなんだろうな、と思う。
三尾一加さんの作品は祖母が山を「大きな身体」と呼んだ話。「布をかぶ」っていることからうずくまるなどして夜具をかけていると思われる。ずっとじっとしている体勢を指定していることが、祖母、もしくは主人公がその山の例えを単なる形の比喩ではなく、擬人化して共にいる一種の生き物のような存在と捉えていることがわかる。夜具をかぶっているところ、また布の端が風でめくれるところに通常の昔話にはないようなユーモアや、山に人間性を与えるほどの山への愛情を感じさせる。
コンテストが回を重ねるたび、候補作を選ぶ際に大事にする点をどうするかについて考えさせられる。それは選考基準がぶれている、ということではなく、以前は応募作において結構な差がついていた評価基準のいくつかにほとんど差が出ない、というようなことがおこるからである。長く応募くださっている方々の作品が磨かれ、新しく実力のある方々が参加し始め、ありがたいことに良い応募作が増えたように思う。必然的に選考が大変になる、ということではあるものの、いつか、どうしよう、わたしなんかじゃ到底この中から入選作なんて選べないぞ、という日が来るかもしれない。全ての入選作に読み手として驚嘆し、書き手として歯噛みして悔しがり、選考委員として選べなくて机の前で絶望する、そういう日が来ることを実はこっそり願っています。次回もみなさんの作品をお待ちしています。
四葩ナヲコ
2026年度の「季節の星々」が始まりました。今年度は新たに3名の選考委員を迎え、総勢7名の選考委員会となっています。各季節4名ずつの持ち回りで予選の選考にあたり、最終選考ではほしおさなえさんも交えて受賞作を決定します。委員のイチ推し作品を個人賞として選出した昨年の形式を進化させ、イチ推し作品とその理由について委員間で共有し、複数の委員の推薦を得られた作品を入選としています。各委員の創作経験に裏づけれた読みを大切にするとともに、ひとりよがりにならない選考を目指していきます。
春の文字は「布」。開催中の夏の文字もそうですが、今年度の課題文字には人工物を表す漢字を選びました(秋冬の文字については課題発表を楽しみにお待ちください)。入選した四作での「布」の使われ方はさまざまですが、どれも人の営みの中にあるモノと人との関わりを描く作品であったことを興味深く感じました。
亜麻布みゆさんの作品は歌う布の話。機織り機に音符が紛れ込み、できた布にくるまれた赤ちゃんはよく眠る、というエピソードはまさしくファンタジーなのですが、そもそも機を織るという行為には小気味いいリズムと人の手による揺らぎがあり、それ自体に安眠の効果があるのではないかというのが、読んでいて感じたことです。描かれているのはまったくのつくりごとではなく、手仕事の心地よい音楽がある生活と、そこですやすやと眠る赤ちゃんはどこかに必ずいることでしょう。この作品ではその魔法が布に織りこまれて人の手に渡り、機織り機から離れた場所でも効力を発揮していることが素敵だと思いました。赤ちゃんがよく眠るおくるみがあるなら喉から手が出るほどほしい、わたし自身にそんな時期があったことも温かく思い出しました。
長尾たぐいさんの作品は船と語り手の絆が素敵です。船は祖父の仕事道具として長く働いてきた、おそらく語り手より経験値の高い存在のはずですが、名前の一字をもらったことで語り手のことを「姉さん」と呼び慕っている。そう呼ばれた語り手は子どもに戻ったように手を振る。ふたり(と、言わせてもらいます)が寄せ合う感情のなんと素朴で愛おしいことでしょうか。そのうえで冒頭に戻って読み返すと、語り手が大漁旗でつくった鞄がふたつであることに改めて気づきました。ここにいない船のぶんも、はじめから数に入っているんですね。
赤い尻さんの作品は、畑に埋められた土人形の話。豊作を願って人形を埋めるという行為と、それを偶然に掘り出すという行為で、別々の時間を生きる人どうしがつながること、願いの中身は都合よく書き換わっても、込められた想いの強さがご利益として残っていることを面白く感じました。
入選作のうち、わたしが最も強く推したのは三尾一加さんの作品でした。季節の移り変わりを布をまとうことになぞらえた表現の美しさも見事でしたが、それらを直接目の前にあるものとするのではなく、孫である語り手が祖母の思い出を語るというワンクッションを置いたことで、祖母と山の特別な関係が描き出され、より魅力的な作品となっています。何よりもよかったのは「大きな身体」という言葉です。山は大きく、人は小さい。だからこそ人は山を畏怖や信仰の対象としてきたのですが、山を生き物のように呼ぶこの「大きな身体」という言葉には、例えば「そんなに大きな身体をして、衣替えもたいへんねぇ」と、祖母が山を労わるような雰囲気があり、祖母と山とが非常に近しい間柄であるように感じられます。人と自然の関係はひと通りではないのだと気づかされました。祖母亡きあとを見守ってくれる山と、語り手はどんな関係を紡いでいくのでしょうか。
佳作について。
ひなた葵さんの作品は、
2026年度上半期「季節の星々」受賞作は、二次選考通過作とあわせて雑誌「星々vol.10」に掲載します。
サイトでは2026年12月31日までの期間限定公開となります。
下記のnoteで応募された一次選考通過の全作品を読むことができます。
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